【背中押し屋になるまで】石井たいきの自己紹介

2019年3月20日

当ブログlifemixerの管理人の石井たいきです。

本業はメンタルコーチである僕はこのサイトやTwitter(@senaka_push)で
「栄養×運動×メンタルでQOLを高める」をテーマに情報を日々発信しています。

このページは僕のプロフィールページとして…

  • メンタルコーチ
  • 栄養士の卵
  • ジムトレーナー

この3足のわらじを履く僕が「背中押し屋」になるまでを含めた自己紹介をしていきます。

興味を持っていただき、本当にありがとうございます!

このページを通して僕を知ってもらい、仲良くできそうだな~と思ってくれたらTwitterなどでメッセージなどくれるととても嬉しいです。

経歴


【2歳の弟と4歳の僕】

1994年 横浜生まれ。
両親の実家が九州の佐賀県のため、佐賀と横浜を行ったり来たり。
3歳になり保育園に入るまでは友達という存在はいませんでした。

今は男4人兄弟ですが、当時は2つ離れた弟と常に一緒にいて色々面倒を見てました。

小学時代

当時の僕はかなり太っていて

  • チビ
  • 白デブ
  • ロン毛
  • いじめられっ子

というまさかの四拍子が揃ったコンプレックスの塊でした。

とても小さな保育園で育った僕は、通う予定の小学校の学区外から入学とともに引っ越した事もあり、友達は0から作ろうと息巻いていましたが、入学から数週間後には同級生の男子からだけでなく、1つ年上の男子からもいじめられる始末でした。

小学1年生がランドセルに付けるあの黄色い新入生の証も気づいた頃にはビリビリになっていて、せっかく祖母が買ってくれたランドセルもすぐに背負いたくなくなり、いつの間にかリュックで登校するようになりました。

それがキッカケでとにかく目立つ事を極端に避けるようになりました。

全てにおいて普通を好み多数に紛れる事で身を守っていました。

僕の中に「普通が一番」という思い込みが芽生えた瞬間でした。

他人から受ける初めての理不尽に打ちのめされそうになったのを今でも鮮明に覚えてます。

この頃の僕はジョジョの奇妙な冒険第4部のボス、吉良吉影の様にただ平穏に暮らしたいと切に願っていました。

それでも、上級生になるにつれ同級生からのいじめは無くなり、6年生の頃には学校が楽しくなっていました。

中学時代

最終的に明るい気持ちで小学校を卒業できた僕はワクワクした気持ちで地元の全校900人に及ぶ超マンモス公立校に進学しました。

そこでも理不尽は続きました。

いつの間にか避けられたり、聞こえるか聞こえないか分からないような大きさでニヤニヤとした笑みを向けられる日々。

中学1年の自然教室で朝起きたら部屋に自分だけ取り残されていたときはさすがに衝撃を受けました。

そんな理不尽を受ける中でいじめの対象は順番に回っていきました。

いじめてたやつがいじめられ、いじめられてたやつがいじめる。

そんな最悪の循環が出来上がっていたんです。

僕の中に「人と比べる」という思い込みが芽生えた瞬間でした。

そんな中、負のループは回り続け、挙げ句の果てにはヤンキーの集団に目を付けられました。

当初入部を決めたハンドボール部も同じクラスの子が入部するからという理由だけで入りましたが

そのヤンキーグループと部活のメンバーが仲が良かったのもあり

このままじゃ学校にも行きたくなくなる…

そう思い、部活をやめることを決意しました。

半端ないって。。メッチャ怖かったもん。。

夜の公園に呼び出され公園の砂場の砂を食えと言われたり、色々とズタズタになった僕は、中学を卒業したら必ず「平穏に生きるため自分を偽り続ける」と心に決めました。

高校時代

【当時はボールを持ってる味方の盾になるポジションだった僕】

いじめられたトラウマで「やりたい事」など無かった僕はとりあえず

  • 学ランを着たい
  • 小学1年生からのマブダチと同じギター教室に通いたい

という一心で当時の学力から合格率3%と言われた高校に合格する事ができました。

今思えば、「変わりたい」気持ちは誰よりも強かった、しかしそれを外に出すのが死ぬほど怖かったんです。

そして中学卒業後の春休み、一緒に合格した小学1年生からのマブダチにこう言われました。

「アメフト部に入ろうぜ」

未だに不思議ですが僕は二つ返事で

…いいよ!

ここから僕の人生は大きく動いていきます。

  • 初めてのいじめのない学校生活
  • 毎日本当に辛くて最高に楽しい部活の練習
  • そして個性的すぎる仲間との出会い

全てが僕には新鮮でした。

個性的すぎる仲間との毎日に自分をさらけ出すって素晴らしいと思えました。

いつのまにか「普通が一番」という思い込みは外れていました。

試合に出たい、試合に勝ちたい、誰よりも強くなりたいと本気で思うようになり、自分が得意な事ってなんだろうと考えたとき「人と比べる」という思い込みが外れました。

高校3年生になる頃には、

  • 人と違うって最高にかっこいい
  • 自分だけの持ち味を活かしたい

こう思えるようになっていました。

大学時代


【大学入学時に味方の盾役からボールを持った人間をタックルするポジションに転向】

体育の教師か理学療法士になりたいと思っていた僕は大学か専門学校かの選択に頭を悩ませていました。

そんな時、とある大学のアメフト部の監督に声をかけて頂いたのがキッカケで管理栄養士の存在を知った僕は自分を変えるキッカケになった身体作りのプロフェッショナルになるべく監督の話を受け、アメフトを続ける決心をしました。

しかし不運にも大学2年の時に首の大ケガにより長期離脱を余儀なくされメンタルが崩壊し学業が疎かに、結果的に管理栄養士としての道は閉ざされました。

その後、リハビリを経て復帰し副キャプテンとしてチーム運営を通して組織をまとめる難しさ・マインドセットの重要性を身をもって経験しました。

この時は本当に
「部活をやめよう」と思ったことが何回もありました。

チームが勝つためにどうすればいいのか

メンバーとどう接したら取り組みの姿勢が変わるのか

そこには自分自身、強く思い込んでいたものがありました。

そんな時、メンタルコーチングに出会いました。

過去に起きた辛い思いや経験は無かったことにはなりませんが

あの時、向き合って良かったな、部活続けて良かった

引退する時、そう思えるようになっていました。

卒業後


【入社3か月目で異動になったときの僕】

結局、4年間で卒業できず5年間大学に通い、栄養士への後悔を引きずったまま直感で決めた某人材ビジネス会社に就職しました。

働く中で

  • 「誰のために働いているんだ」
  • 「これが自分のやりたい事なのか」
  • 「誰の人生なんだ」

考え抜いた結果、本当に自分がやりたいこと・気持ちに気付き入社1年で会社を退職。

僕が経験してきた理不尽や大学時代に感じたマインドセットの疑問から、

メンタルコーチングを学びながら栄養を学び直すため大学に入り直すことを決意。

現在

スポーツクラブでジムのお兄さんをしつつ再度栄養士を目指し大学に通う傍らメンタルコーチとして活動中。

“栄養×運動×メンタルでQOLを高める”をテーマに

踏み出せない人を後押しする「背中押し屋」としてTwitterで発信中。

今後について

僕は高校時代にアメリカンフットボールとその仲間に出会うまでは

  • 普通が一番
  • いじめられっ子
  • 新しいことに挑戦するのが怖かった

そんな僕が

  • 人と違うって素晴らしい
  • 変わる勇気
  • チャレンジ最高

こんな風に思えるようになったのは背中を押してくれる仲間に出会えたからだったんですよね。

だからこそ

誰かにもらった後押しが巡り巡って後押しした人のもとへ還っていくような循環を作りたいと思っています。

最後に…

長くなりましたが、

誰だってキッカケがあれば、変わることができる

ということを伝えていきたいと思っています。

過去の僕のように…

  • 自分にはできない…
  • どうせ無理だ…

こんな思いを抱えている人にキッカケを与えられる存在になります。

今の世の中、

“常識”

“普通”

などの固定概念に縛られて本当に生きたい人生を歩めていない人が多すぎる。

「好きなことやればいい」

「やりたいことをやっていい」

僕の活動を見て、そんな風に思ってくれる人が増えてくれたら嬉しいです。

こんな感じで色んな生き方や考え方に触れていきたいと思っているので、

今回のプロフィールを通してちょっとでも

「イイね!!!」

と思って頂けたらTwitterなどでメッセージやフォロー頂けるとやる気フルマックスになります!

少し長くなりましたが、

ここまで読んで頂きありがとうございます。

僕の活動に対して少しでも

“気になる!”
“もうちょっと詳しく知りたい!”

と思ってくれた方はぜひTwitter(@senaka_push)やブログの問い合わせページからメッセージなどいただけると嬉しいです。

お問い合わせから質問やご相談はこちら☟お仕事・その他お問い合わせはお気軽にどうぞ!

これからもよろしくお願いします!