スポーツメンタルコーチ/石井タイキのプロフィール

2020年11月4日

スポーツメンタルコーチ石井大樹

私のプロフィールをご紹介させて頂きます。

スポーツメンタルコーチとして活動する私はこのサイトや各種SNS
「結果にふさわしいメンタルをデザイン」をテーマに日々発信しています。

また、主なクライアントとしては

  • アスリート
  • スポーツ関係者
  • 指導者・一般の方

このような方々へ「脳科学」や「心理学」を交えたメンタルコーチングをお伝えしております。

経歴

1994年 横浜生まれ。
両親の実家が九州の佐賀県のため、佐賀と横浜を行ったり来たり。
3歳になり保育園に入るまでは友達という存在はいませんでした。

今は男4人兄弟ですが、当時は2つ離れた弟と常に一緒にいて色々面倒を見てました。

小学時代

当時の私はかなり太っていて…

  • チビ
  • 白デブ
  • ロン毛
  • いじめられっ子

というまさかの四拍子が揃ったコンプレックスの塊でした。

とても小さな保育園で育った私は、通う予定の小学校の学区外から入学とともに引っ越した事もあり、友達は0から作ろうと息巻いていましたが、入学から数週間後には同級生の男子からだけでなく、1つ年上の男子からもいじめられる始末でした。

小学1年生がランドセルに付けるあの黄色い新入生の証も気づいた頃にはビリビリになっていて、せっかく祖母が買ってくれたランドセルもすぐに背負いたくなくなり、いつの間にかリュックで登校するようになりました。

それがキッカケでとにかく目立つ事を極端に避けるようになりました。

全てにおいて普通を好み多数に紛れる事で身を守っていました。

私の中に「普通が一番」という思い込みが芽生えた瞬間でした。

他人から受ける初めての理不尽に打ちのめされそうになったのを今でも鮮明に覚えてます。

それでも、上級生になるにつれ同級生からのいじめは無くなり、6年生の頃には学校が楽しくなっていました。

中学時代

最終的に明るい気持ちで小学校を卒業できた私はワクワクした気持ちで地元の全校900人に及ぶ超マンモス公立校に進学しました。

そこでも理不尽は続きました。

いつの間にか避けられたり、聞こえるか聞こえないか分からないような大きさでニヤニヤとした笑みを向けられる日々。

中学1年の自然教室で朝起きたら部屋に自分だけ取り残されていたときはさすがに衝撃を受けました…。

理不尽を受ける中でいじめの対象は順番に回っていき、いじめてた人間がいじめられ、いじめられてた人間がいじめる。

そんな最悪の循環が出来上がっていたんです。

私の中に「人と比べる」という思い込みが芽生えた瞬間でした。

そんなある日、負のループは回り続け、挙げ句の果てにはヤンキーの集団に目を付けられ、

「このままじゃ学校にも行きたくなくなる…」

そう思い、部活をやめることを決意しました。

いまだにヤンキーをみると心拍数が上がります…笑

夜の公園にヤンキー集団に呼び出され、「公園の砂場の砂を食え」と言われたりなど、色々とズタズタになった私は中学を卒業したら必ず「平穏に生きるため自分を偽り続ける」と心に決めました。

高校時代

【当時はボールを持ってる味方の盾になるポジションとしてプレー】

いじめられたトラウマで「やりたい事」など無かった私はとりあえず

  • 学ランを着たい
  • 小学1年からの親友と同じギター教室に通いたい

という一心で当時の学力から合格率3%と言われた高校に合格する事ができました。

今思えば、「変わりたい」気持ちは誰よりも強かった。

しかしそれを外に出すのが死ぬほど怖かったんです。

そして中学卒業後の春休み、一緒に合格した親友にこう言われました。

「アメフト部に入ろうぜ」

未だに不思議ですが私は二つ返事でアメフトを始めることを決意しました。

ここから私の人生は大きく動いていきます。

  • 初めてのいじめのない学校生活
  • 毎日本当に辛くて最高に楽しい部活の練習
  • そして個性的すぎる仲間との出会い

全てが私には新鮮でした。

個性的すぎる仲間との毎日に自分をさらけ出すって素晴らしいと思えました。

いつのまにか「普通が一番」という思い込みは外れていました。

試合に出たい…試合に勝ちたい…誰よりも強くなりたい…!

本気で思うようになり、自分が得意な事ってなんだろうと考えたとき「人と比べる」という思い込みが外れました。

高校3年生になる頃には、

  • 人と違うって最高にかっこいい
  • 自分だけの持ち味を活かしたい

こう思えるようになっていました。

大学時代

【大学入学時に味方の盾役からボールを持った人間をタックルするポジションに転向】

体育の教師か理学療法士になりたいと思っていた私は大学か専門学校かの選択に頭を悩ませていました。

そんな時、とある大学のアメフト部の監督に声をかけて頂いたのがキッカケで管理栄養士の存在を知った私は自分を変えるキッカケになった身体作りのプロフェッショナルになるべく監督の話を受け、アメフトを続ける決心をしました。

しかし不運にも大学2年の時に首の大ケガにより長期離脱を余儀なくされメンタルが崩壊…。

  • 大好きなアメフトができない…。
  • 学校に行く意味はあるのか…?
  • もう全てどうでもいい…。

どんどん学業が疎かに、結果的に管理栄養士としての道は閉ざされました。

しかしその後、苦しくもリハビリを経てプレーヤーとして復帰。

副キャプテンとしてチーム運営に力を注ぎました。

そして組織作りを通して組織をまとめる難しさ・メンタルの重要性を身をもって経験しました。

この時は本当に「部活をやめよう」と思ったことが何回もありました。

チームが勝つためにどうすればいいのか?

メンバーとどう接したら取り組みの姿勢が変わるのか?

そこには自分自身、強く思い込んでいたものがありましたがそんな時、メンタルコーチングに出会いました。

過去に起きた辛い思いや経験は無かったことにはなりませんが…

あの時、向き合って良かったな、部活続けて良かった

引退する時、心からそう思えるようになっていました。

卒業後

管理栄養士への後悔を引きずったままではあるものの、ビジネスマンとして活躍すると意気込み、人材ビジネスの会社に就職しました。

会社員として働く中で…

  • 「誰のために働いているんだ?」
  • 「これが自分のやりたい事なのか?」
  • 「誰の人生なんだ?」

考え抜いた結果、本当に自分がやりたいこと・気持ちに気付き入社1年で会社を退職。

私が経験してきた多くの理不尽や、自分を変えてくれたスポーツ、そして大学時代に感じたメンタルの重要性から、

メンタルコーチングを学びながら栄養士になるため大学に入り直すことを決意しました。

現在

現在はパーソナルトレーナーとして子供から大人まで運動指導をさせて頂きながら、スポーツメンタルコーチとして活動しております。

今後について

私は高校時代にアメリカンフットボールとその仲間に出会うまでは

  • 普通が一番
  • いじめられっ子
  • 新しいことに挑戦するのが怖かった

そんな私が

  • 人と違うって素晴らしい
  • 変わる勇気
  • チャレンジすることはワクワクすること

このように思えるようになったのは背中を押してくれる仲間に出会えたからだったんです。

だからこそ…

誰かにもらった後押しが巡り巡って後押しした人のもとへ還っていくような循環を作りたいと思っています。

最後に…

長くなりましたが、

誰だってキッカケがあれば、変わることができる

ということを伝えていきたいと思っています。

過去の私のように…

  • 自分にはできない…
  • どうせ無理だ…

こんな思いを抱えている人々にキッカケを与えられる存在になります。

今の世の中、

“常識”・”普通”などといった固定概念に縛られて本当に生きたい人生を歩めていない人が多すぎると感じています。

「好きなことやればいい」

「やりたいことをやっていい」

私の活動を見て、そんな風に思ってくれる人が増えてくれたら嬉しいです。

このような経緯があり、メンタル面の重要性を発信しています。

長くなりましたが、

ここまで読んで頂きありがとうございます。